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世界的ベストセラーの人生指南書『七つの習慣』について、及び実践記録です。
七つの習慣…社会・情緒…熊の木本線(筒井 康隆)
田舎に泊まろう…でしたか、突然田舎に行って家に泊めて貰って、夕飯もご馳走になるという番組がありますが。
田舎に行って、広い座敷などに客人として招かれて山海の珍味や銘酒などをふるまわれながら、純朴な人達と騒いだり、踊ったりしたら楽しいだろうな、などと思うわけですが、今日は、このような事態になって、とんでもない事に巻き込まれる男の話です。
…『あんたは、どこまで行きなさるか』。あと数分で『猪の木』という駅に着こうという時、向かいに座っていた男が訊ねた。『ぼくは四つ曲まで行きます』と俺は答えた。全国のうまいそばを求めて旅をしている途中だった。
『それなら、熊の木本線といって、これは単線じゃが、これに乗ると、毛多を回るより4時間早く四つ曲に着けるよ。わしはそれに乗って熊の木というところまで行くんだがね』。俺『じゃあ、ぼくもそれにします』。
熊の木本線と言っても、途中からケーブルカーになり、乗客は俺と男二人になり、終点の熊の木駅は、ほとんど家の中で、そこには30数人の人達がいて通夜をやっていた。
この辺は昔から熊の木一族と呼ばれる人々の住処で、ある老人がなくなって通夜の最中だった。
すぐ四つ曲方面行きの列車が来るとの話だったが、男の勘違いで、結局4時間待つことになった。俺は一族の人々から勧められ、列車を待つ間、宴会の酒と食事をふるまわれることになった。
酒も肴もうまく、宴会は盛り上がっていった。そのうち長老が『さああ、そろそろ誰か、熊の木節でもやらんか』と言った。『熊の木節』と聞いただけで全員がどっと笑った。
顔の赤い男が立ち上がると、また皆がどっと笑った。一族の人気者のようだった。男は歌を歌いながら、珍妙な踊りを踊り始めた。♪♪なんじょれ熊の木 かんじょれ猪の木 ノッケ ノッタラカ ホッケ ホッタラカ トッケ トットットットットットッ♪♪ 男も女も笑い転げた。
顔の赤い男がやんやの喝采を受けながら席に戻ると、また全員が手拍子を打ち始めた『さあ、次は誰じゃ』。髭の男が座の中央へ出てきた。もうそれだけで笑いの渦である。髭の男はさっきの赤い顔の男と微妙に違う振り付けで踊り始めた♪♪なんじょれ熊の木 かんじょれ猪の木 ヨッケ ヨッタラカ オッケ オッタラカ コッケ コッコッコッコッコッコッ♪♪ あまりのおかしさに俺も腹を抱えて笑った。皆、涙を浮かべて笑っていた。
次に出てきたのは愛嬌のある爺さん、また皆はどっと笑い手拍子を打ち始めた。爺さんも達者に踊った。♪♪なんじょれ熊の木 かんじょれ猪の木 ソッケ ソッタラカ モッケ モッタラカ ドッケ ドッドッドッドッドッドッ♪♪ 笑いすぎて呼吸ができなくなる者、ひっくり返る者などで、大きな家が割れんばかりの騒ぎになってきた。
さらに数人の踊りが続いた後、長老が言った『客人には無理かな』。俺は皆が踊っていたのを見てコツを大体つかんでいたし、歌詞も微妙に変えればいいことが判っていたので、立ちあがった。皆の期待の目が集まっていた。
俺は手拍子に合わせて身体を揺すりながら歌い始めた。♪♪なんじょれ熊の木 かんじょれ猪の木 ブッケ ブッタラカ ヤッケ ヤッタラカ ボッケ ボッボッボッボッボッボッ♪♪ 歌い終わり、自分のやったことのおかしさにげらげら笑いながら周りを見渡した俺はドキッとした。誰も笑っていなかった。皆困ったような、ばつの悪そうな顔をして下を向いていた。
俺は長老に言った『申し訳ありませんでした。他所者の私の下手な踊りで座を白けさせてしまいました』。長老『いや、あんたは初めてにしては上手過ぎるくらいじゃった。だが、あんたのうとうた、あの歌詞が悪かった』。
『他の連中はみな、本当の歌詞をうとうてしまわぬように気を付けて、でたらめをうとうた。だがあんたは偶然、本物の歌詞をうとうてしまわれたのじゃ』。
『熊の木節というのは忌歌でな。うとうてはいかん歌なのじゃ。この歌をうとうたりしたら、この国に大変な不幸が起るからなのじゃ。わしらが熊の木節の替え歌を喜ぶのは、いつ誰かが間違うて本物の歌詞を歌うかもしれんという怖い面白さがあったからじゃ』。
『過去、大人の不注意で子供に歌わせてしもうて、大変なことになったことがある。これが大の大人がうとうたわけじゃから、この祟りは相当な…』
俺『何かお祓いの方法はないのですか』。皆はいっせいにかぶりを振った。長老『ないなあ。なにもない。まあ、やってしもうたことはしかたがない、この国にどんなことが起るかしらんが、もうあまり気にせんことじゃ』。
2日後、俺は自分の家に帰ってきた。今のところ、天地異変は起っていない。あるいは俺が知らないだけで、すでにとんでもなく悪い事が、どんどん進行しているかもしれない。
…というような、話でした。それでは、また明日~
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